東トルキスタンに自由と平和を

■独立記念行事
 東京大会
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第二部
3.東トルキスタン問題と日本および日本人
政治学者・殿岡昭郎 氏

まず、多くの新しい若い方々がこの問題に関心をもって参加してくれたことが嬉しい。
私はタイに20年ほど滞在し、難民問題に関わってきた。ここで実際の難民に接することによって、日本で生活してきた自分に欠けているものに気が付いた。まずは国家の重要性である。難民キャンプには元王族や元貴族など高位の人も暮らしていた。多くの人が命を落としたが、幸運に亡命できた人であっても、彼らは難民生活を通して、自らの民族性を失ってしまうのである。また昼は自分たちの安全を守る軍隊が、夜には自分たちを襲う略奪者へと変わるのである。つまり国家を失うということは、自分と自分の家族の、自由と安全すら守ることができないことを意味すると分かったのである。それまでは政治と言えば自由と民主しか考えてこなかったのだが、民族性を失った人間は動物でしかないということを悟ったのである。
もう一つの難民について気が付いたことは、彼らは可愛そうな存在であると同時に、戦闘者であるということである。タイとラオスの国境付近でベトナム難民を集め育成し、彼らをベトナム国内へ対共産党工作部隊として送り込む育成機関があった。私はこの機関への物資の補給に8年間関わった。彼ら難民は同時に戦闘者でもある。

ここで東トルキスタンについての概要を説明したい。トルキスタンとは「トルコ人の土地」という意味であるが、このうち西半分をソ連が、東半分を中国が支配してきた。西トルキスタンはソ連の崩壊によって独立し、中央アジア諸国となった。当初、中国も同様に崩壊するものと思われていたが、実際には崩壊しなかったため、東トルキスタンは独立することができなかった。東トルキスタンの人々も独立を願うようになったが、この地域の地政学的重要性、豊富な資源などにより、中国政府はより激しい弾圧を彼らに行うようになった。
現在の中国で最後に残された民族の抵抗が、この東トルキスタンである。既に内モンゴル自治区は、人口に占めるモンゴル人の割合が2割程度でしかない。またチベットの亡命政府も独立から、高度な自治の要求へと変わってきている。つまりこの東トルキスタンを押さえ込めれば、中国国内の全ての民族問題を解決できたと言えるようになってしまうのである。

この東トルキスタン問題は、ただ単に被抑圧者を助けるということだけでなく、日本が日本のために取り組むべき問題でもある。中国の覇権主義はすさまじく、また対日工作には、日本国内の中枢にいる親中派を使って揺さぶりをかけ続けている。これに対抗して揺さぶりをかけようにも、中国の中枢には親日派がいないのである。それなら何を用いて対抗していくべきか?これが中国国内の少数民族問題である。
自らのアイデンティティと安全、自由のために戦う東トルキスタン、チベット、内モンゴルを助けていかなければならない。そして彼ら3者だけの連帯だけでなく、中国国内の民主家からの協力も得られてから初めてこの問題は解決へと向かうのである。

最後に、ラビア・トフティさんについてだが、ビザの延長が不許可とされてしまい、現在は出国準備期間となっている。夫が無実の罪で捕らえられている彼女を、日本の役所は無慈悲にも中国へ追い返そうとしているのである。このような冷酷な日本の役所を変えるには、世論を形成し、盛り上げていかなければならない。日本は中国と違って民主主義の国であるから、世論が盛り上がるならそれを実行せずに済ませることはできないのである。現段階で起こっており、これから確定化するであろうトフティさん一家の分断は、その原因の片側を日本が担っているのである。


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